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東京高等裁判所 昭和44年(く)121号 決定

少年 M・Z(昭二四・九・二四生)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣意は、付添人鈴木保提出の抗告申立書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

抗告趣意二(法令違反の主張)に付て。

少年審判は、教育の場という意味を持つから審判は、懇切を旨としてなごやかにこれを行なわなければならないものであるところ、原審判調書の記載によれば、原審審判官は、昭和四四年五月二二日の原審第一回審判期日に、少年の父および母ならびに付添人鈴木保を出席させた上、少年に対して、司法警察員作成の少年事件送致書記載の本件審判に付された事由(本件非行事実)を告知したところ、少年は右非行事実を認め、審判官は、本件記録中の○貫○、○沢○夫、○山○三の司法警察員に対する各供述調書(いずれも謄本)の供述記載を読聞かせた上これに対する少年の弁解を聞いたこと、その後に於て付添人ならびに被告人の父および母が本件保護事件について陳述を為し、付添人らは右審判廷に於て何等証拠調の請求を為さなかつたこと、原審判官は即日審判手続を終結し、少年に対して特別少年院に送致する旨の決定を告知したことが明らかである。抑も少年審判は、当事者の対立する裁判手続と異なり審判官が自由な心証により、審判廷に於て特に証拠調の必要なしとの裁量に基づくときは、証拠調を為さなくても何等差支えなく、本件記録を精査するも、新たな証拠調を為すか、或は少年側に反証を促さねばならない事由は存せず、且所論の如く原審審判官が少年に対し威圧を与え一方的な尋問で審判手続を施行した事跡は毫も存せず、原審審判手続には所論の法令違反の廉は認められない。論旨は理由がない。

同三(事実誤認の主張)に付て。

一件記録中の○貫○、○山○三、○沢○夫の司法警察員に対する各供述調書(いずれも謄本)並びに少年の司法警察員に対する供述調書の各供調書記載を総合して考察すれば、本件審判に付された事由(本件非行事実)を優に認めることができ、一件記録を精査検討しても原審判に事実誤認の廉は認められない。論旨は理由がない。

同一(保護処分の不当の主張)に付て。

所論は要するに少年を特別少年院に送致した原決定の処分は著しく不当であるというにある。

そこで一件記録を検討して見ると、少年は、昭和四〇年三月、中学校を卒業し、工員等をしていたが、恐喝保護事件で昭和四一年三月九日保護観察処分に付され、その後間もない同月末頃から同年九月末頃までの間に、恐喝、暴行等の非行を犯し、保護事件として家庭裁判所に送致され、同庁調査官の試験観察を経て、翌四二年三月一三日再度保護観察処分に付されたが反省せず、不良友人との交友を続けるうち、同年八月○日傷害の非行を犯し、同月一八日中等少年院に送致され、翌四三年一〇月○○日同少年院を仮退院し、爾来鉄筋工として稼働していたが、酔余通行人に傷害を負わせ昭和四四年四月二二日、三度保護観察処分に付され、本件非行はそれより旬日を出ない間に為されたものであり、以上の少年の経歴によつても認められる如く、少年は、従来粗暴で、知能は限界域であり、勤労意欲は一応認められるものの、性格は軽佻性が顕著であり、活動的且易刺激的で、不良交友関係に親和感が強く、不良仲間と飲酒し、集団の雰囲気で粗暴な行動に出で易い者である。前記の如く従来矯正教育を受けており乍ら依然として健全な生活意欲を持ち得ず、今後も同種の非行を繰り返す虞がある。保護者には、も早保護能力を期待し得ない段階にあるので在宅保護の処遇によつては少年の健全な育成を期することは困難というの外なく、その性格を矯正する為めには再度相当期間保護施設に収容し規律ある生活態度を体得させる必要があるものと認められる。

して見れば、原決定は相当であつて本件抗告は、その理由がないから少年法第三三条第一項少年審判規則第五〇条により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 栗田正 判事 中西孝 判事 沼尻芳孝)

参考二 附添人鈴木保の抗告申立理由

一、特別少年院入所の処分は重きに失すると考察されます。

(一) 本件事犯は暴力行為等処罰に関する法律違反ということになっていますが、M・Z少年は○沢○夫と共謀したわけでもなく、行為に多少粗暴な点があつたとはいえ被害者を脅迫したこともなく、右法律の構成要件に該当する行為があつたか否かについては大いに疑問のある事件です。

すなわち、少年の事件当日の行動を振返つて見ると少年は当日午後七時三〇分会社より帰宅して風呂に入り、その帰り途背広を作るため○○洋服店に立寄つて注文をし、その後パチンコ屋、喫茶店○ル○ヤに立寄つたあと一一時三〇分から一二時頃本件スナックに入店しました。勿論その間に一人であつてそのことは少年のいう各立寄先を調査すれば明白になる事実です。

したがつて、昭和二四年九月○○日の少なくとも一一時三〇分以前に本件スナックは○沢○夫と一緒に入店したなどということは絶対ありません。

スナックに入つて見たらたまたま中学時代の先輩にあたる○沢○夫が居たのでその横に坐つてジンライムを三杯飲んだわけで、このことから○沢(過去に非行歴がある)と交際していたと即断することは誤解も甚しいということになります。そしてジンライムを飲んでいる過程で生野菜を(注文したところ注文したのは○沢)少年が、一週間前に行つたときに較べ野菜の盛が少なかつたので「なんだいつもより少ないじゃないか」と文句をいつたら、マネージャが返答をしないので「新しいのをもう一つ作つてくれ」といいながらその皿を○沢に渡した、そうしたら○沢はその皿を横に払つたため、皿が床に落ちて割れてしまつた。少年のいう事件の筋は右のとおりですが、ここで被害者の証言と食違う点は原因となつた野菜の盛のことです。少年はレタスとキュウリだけであつたといつていますが、被害者及○沢の証言は違います。しかしこれは見方によつては少年のいう通りであつたともいえるわけで、この場合盛られている品物が何々であつたかということは少年にとつて問題なのではなく、盛り方が不親切、量的に少ないということを問題にしたわけです。時間が遅ければ店の品物も不足し、盛り方が雑になることは屡々このようなバーでは見受けられるところです。したがつて、盛られていた野菜が何々であつたかどうかについて血相を変えて少年を追及する必要は少しもないわけです。盛り方に欠陥があつたからこのような事件が発生したことは伺つても可怪しくありません。

ところで、次に少年が被害者をおどしたかどうかです。前記のようにジンライムを飲んで少年は多少酔つていたこと間違いなく、音楽がかかつていたこと、他に八人位お客がいたこと、がはつきりしていますからその状態から少年が大きな声を出したことは推測できます。しかし、脅迫になる事案でないことは第三者の証言をとつていないこと、少年に暴れた形跡が一つもないことから明白で少年もこの点については終始一貫否認しているのです。否認を嘘だと断言しないでもつとその時の状態(真相)を調査して見る必要があるのではないでしようか。

被害者はバーの経営者です、いやがらせと誇張に満ちた彼等の証言だけを余りにも重視し、少年の声をふみにじるような考え方は反省されてしかるべきです。いずれにしても、本件事犯は皿一枚を割つた程度の、それも刑事事件といえる性質のものかどうか疑いのある事犯であり、それ故共犯と称する○沢○夫の処分も未だなされていない有様であるようです。

仮りに本件が刑罰法令に触れる行為だとしても、共犯という○沢の処分を度外視して少年の処分を決定すべきではないと考えます。なぜなら審判は事件の調査結果を見て行なうにかかわらず、本件では否認事件であるのに何等証人の取調をしないまま少年に対する処分を決定しています。

少年が認めている事件ならいざ知らず、終始否認しているのです。それを証人調も行なわず一方的に少年が嘘を言つていると断定し処分を決定していることは甚だ不親切なことだといえないでしようか。少年法第二二条に明白に違反した審判といえます。いずれにしても、少年法第三条に該当する行為があつたかどうか疑問の事件であり、仮りに該当するとしても軽微な事件で、少年を特別少年院に送致する事案であるとは到底いえません。これは処分の著しい不当というのは他なくすみやかに原決定を取消し、審判のやり直しをすることを求めます。

二、本件処分には決定に影響を及ばす法令の違反があります。

(一) 少年法第一条の目的から見て本件処分は少年の健全な育成、性格の矯正、環境の調整を図つたものとは考えられません。

M・Z少年は暴力団関係につながりのあるものではなく健全な家庭環境で育成されている通常の少年であります。

たしかに過去において非行歴のある少年と交際し、非行歴があつたが、それもそれほど悪質なものではありませんでした。家庭には父母が健在で、少年の勤先の社長も責任をもつて監督する旨誓約しているこのとき何も非行歴少年の集団である特別少年院に少年を敢て送致する必要がどこにあるでしようか。

しかも少年は昭和四四年九月二四日に成人となります。本件処分は成人となる日も間もない少年の将来に暗い過去をつけてやる程度の効果しかないのではないでしようか、ともかく少年の性格の家庭環境、勤先の状態を調査のうえ本件処分は是非取消し、保護観察の処分にすべきものと考えます。

(二) 少年法第二二条によれば、審判は懇切を旨として、なごやかにこれを行なわなければならないとあります。少年に対して威圧感を与えたり、一方的な訊問調で行なわれてはなりません。

しかるに、本件審判では第一項に述べたように少年の否認又は第三者と違う供述に対し、頭ごなしに嘘だと断言し要するに少年は前回の審判で約束した事項を守らなかつたから悪い奴だときめつけ処分が決定されました。そこには少年法第二二条の懇切を旨とし、なごやかにこれを行なう雰囲気は一カケラもなかつたわけです。嘘をあばこうとするなら証人調をやつてやる懇切さがあつてしかるべきです。

このような審判からはただ反抗心を少年に植えつけるだけで、法律の目的は達成されません。審判の手続そのものが違法である以上、本件処分は取消しのうえ再審理する必要があると考えます。

三、本件には事実の誤認があり、そのため審判に付するのが相当でない事案なのに審判した違法があります。第一項記載のように少年の行為には何一つ、少年法第三条記載の事項に該当するものがありません。同条三項八にいう交際も第一項に詳述したように○沢とはたまたま会つただけですし、本件スナックは別にいかがわしい場所ではありません。若し、いかがわしいというならそのいかがわしい場所に勤務する被害者の供述書などは信用するに足りません。なお、交際とはある程度継続的な往き来があるべきです。

要するに第三項が設められないとしても、第一、二項の違反がありますから、本件処分は取消されるのが相当であります。

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